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■特集:モスルからのメッセージ
No.2
子どもたちを助けたい!
(モスルのドクターへのインタビュー)
9月9日、モスルのドクターに久しぶりに会った。彼女と初めて会ったのは、私がJVCで働いていた2003年の10月、モスルの病院の調査に行ったときだった。
そのときは、サダム教育病院という名前を、ちょうど「アル・サラーム」に変えたばかりで、彼女の上司の医師がわれわれを案内してくれた。そして彼女には、廊下で会って挨拶をしただけだった。その後、JIM-NET会議で何度か会うことになったのだが、会議が年に1回になったので、1年ぶりの再会となった。彼女に最近のモスルの事情を聞いた。
ドクター: 2004年の12月に米軍が病院を占拠してしまいました。2名いた優秀な看護師も、とても危険な状態になってしまったのでいなくなってしまったのです。2005年の2月に、ドクターは、別の病院でガンの治療を始めることにしました。イブンシーナ病院に掛け合って、部屋を1つもらい、ベッドを8つ入れました。やがてベッドは17まで増えました。イブンシーナまでは家から1時間はかかる。イブンシーナはとっても古い病院だったし、患者が増えてきたので、イブンアシールで3人の医者と一緒に働くことになったんです。4部屋で25床、1部屋は完全に個室、集中治療も出来ます。院長も気を配ってくれて、予算の範囲で設備を改善してくれる。いい病院です。
今のイラクでは、プライベートなクリニックを持っていると狙われる確率が高い。ドクターのかつての上司も、殺されることを恐れてドバイへ移住した。
ドクター: もちろん私も狙われるかもしれないけれど、私はモスルで死にたいわ。もともとは修道女になろうと思っていたんです。でも、教会は、認めなかった。医者として役に立ちなさいと言われたんです。
モスルは比較的治安が安定していたが、最近は悪くなっているようだ。先日も、モスル近郊のヤズィード(*)
の村が爆破攻撃を受け400人以上が殺されている。(**)
モスルでも宗派対立が激しくなっているのだろうか?
ドクター: ここに来る前にも、道端に男の死体が転がっていました。腕が縛られていて、遺体に爆弾がしかけられていたようです。誰かが遺体を動かせば、爆発するようになっているのでしょう。子どもたちは、遺体や血を見て育っています。そういった話題が日常なのです。よく爆発音が聞こえます。私のおいはまだ4歳になっていないというのに、いろいろな武器の発砲音を聞き分けるんです。
私たちは少数派のクリスチャンですから、気を使わなくてはならなりません。外出するときは、スカーフを着用するようにしています。誰かがイラクを分断しようとしているのでしょう。しかし、私たちは、医者としてそういう宗派対立には抵抗しています。
私たちは、医科大学を卒業するときに、たとえ患者が誰であろうが、敵であろうが治療をすることを誓います(Abu Qrat といわれる宣言を誓う)。私たちは、Abu
Qrat に忠実でなければならないと、皆に言い聞かせています。でも、ドクターの中には、あなたは、キリスト教徒だから、イスラム教徒を看るべきではないといってきた人がいました。それには、イスラム教徒の患者の親が、「何を言っているんです?!
私の子どもは、この先生に診てもらいたいんです!」と言ってくれました。
マフムード・ナーセルには、手を焼きました。彼のお父さんにはうんざりしました。この子を救う必要はないというのです。私たちは、そんなことは子どもの前で口にすることではないと抗議しました。マフムードとは、いい友達になりました。「死にたい、死にたい」と言っていましたが、皆、マフムードと友達になりました。今では、おもちゃなどを買ってあげると、喜んで、「注射して、注射して」、と言ってきます。私の写真をコーランの中に挟んでくれているんです。
(9月9日アンマンにて 聞き手:佐藤真紀)
マハムード・ナーセル 10歳 急性リンパ性白血病 モスル在住
マハムードは6歳のときにALL(急性リンパ性白血病)と診断され、3年の治療ののち、2年ほど化学療法は受けていなかった。2006年に再発し、化学療法を再開した。彼の家庭環境は複雑だ。父母は離婚し、再婚に差し障るとしてお互いにマハムードを引き取りたがらなかった。
金銭的には問題のないはずの父親も、彼に治療を受けさせることを拒み、お金が惜しいばかりに、彼のために処方された薬をマーケットから買ってくることさえも拒み、ドクターたちに「彼を死なせろ」とまで言った。父親は、彼に治療を受けさせるどころか厄介者扱いにし、公衆の面前でも彼に向かってひどい言葉を投げつけた。
唯一彼の面倒を見てくれるのは母方の祖母であった、彼女はいつも大げさに騒いだが、彼を助けようとしていた。
不運なことに彼は、写真のように左足に慢性のosteomyelitis(骨の炎症)がおこり、彼は手術を受け、毎日のガーゼなどの交換と3ヶ月の抗生物質を続けている。彼はこれらの困難な状況に耐え、急激によくなってきている。幸運なことに私たちの病棟で働く人々は皆、マハムードをとても愛し、いろいろな方法で彼を助けようとしている。
彼は今、小康状態で、通常の化学療法を完了しようとしている。
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ヤズィード(ヤズィード派、ヤズィード教とも)は、古い起源を持つとされる少数派宗教で、その教義はゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などと重なる部分があるとされる。信者は50万人ほどで、シリア、コーカサス、イラン、トルコなどに分布するが、最も多い集団はイラク北部にいる。イスラム教徒の中には、ヤズィード派を悪魔崇拝者として非難する者もいる。(サラーム病院で出会ったヤズィードの親子。病院には、民族や宗派を超え、治療を受けるために人々が集まってくる。2003年撮影)
** 8月15日、モスル近郊のヤズィードを信仰する人々が多く住むカフターニーヤ村で連続した爆破攻撃事件が発生し、400人以上が犠牲になった。
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