戦火のバグダッドで成長を続ける子どもたち
ブッシュ大統領のイラク戦争終結宣言が出たのが2003年の5月1日。あれから、4年。
私は、緊急救援活動を終えてちょうど、バグダッドからアンマンに戻ってきたたころだった。
一貫して、このイラク戦争には反対を唱え、訴えてきた。2002年、サダム政権末期にようやくイラクに行くことができたが、出会った子どもたちの目がきらきらと輝いていたのを思い出す。(右写真:鶴を持つスハッド)
その中でも、当時9歳だったスハッドちゃんの目がもう本当にきらきらとこぼれそうに輝いていた。
彼女がまず描い

てくれた絵は女の子。でも指が描けなかった。そこで、「ほら、指は5本あるでしょ」と教えると、男の子が手をいっぱい広げて、女の子を守っているような絵を描いてくれたのだ。(写真:2絵)
これで、決まり!
私はその絵を日本に持って帰って、早速ポスターを作った。このポスターは、結局4万枚くらい作ったと思う。

「イラクを攻撃したら世界は平和になりますか?」
ワールドピースナウでは、多くの人たちが、「かわいい」といって、このポスターをもって歩いた。(写真左:ワールドピースナウ)

戦争が始まると、彼女たちはどうしているんだろうと心配だったが、庭に防空壕を掘って生き延びていた。(写真右:防空壕の中)
スハッドの父は、音楽学校の警備員をしていたので、一家は学校に住み込んでいた。(フセイン政権があっけなく崩壊した後、イラク人がびっくりしたのは「アリババ」つまりは、略奪である。音楽学校にも暴徒が入りこみ、楽器を壊して行った。)
「イラクはひとつ!」 子どもたちは願いをこめて絵を描いた。
しかし、あれから4年たち、子ども達の願いも
むなしくイラクはばらばらになって殺しあっている。このようになる状況を子ども達は見抜いていたのかも知れない。(写真左:戦後再会してポスターをあげた)
私は、絵本を作った。
『お兄ちゃん死んじゃった』がそれだ。谷川俊太郎さんの詩にイラクの子ども達が絵をつけるという企画だったが、小学校が夏休みになってしまっていて子どもが集められず仕方がないので、誰もいない校舎で、スハッドの兄弟たちに集まってもらい、ワークショップを行なったのが懐かしい。あのころが一番平和なときで、彼らもめいっぱいの色
彩を用いて、楽しんで絵を描いていた。(写真右:おにいちゃん死んじゃったを手にするスハッド 2004年3月)
スハッドはどうしているのかなと思い、バグダッドの友人に様子を見てきてもらった。
一般市民が一日100人はテロや攻撃に巻き込まれて死んでいるのので、戦争中よりも、今のほうが心配である。残念ながら、スハッドの一家がもしもの事態に遭遇する確率も日増しに高くなってきていると言わざるを得ない状況だ。実際、私たちの知り合いの家族も何人かは殺された…。
送られてきた写真を見ると、スハッドもずい
ぶんと大きくなっている。平和のメッセージを書いてくれたそうだ。(写真左:平和のメッセージを持つスハッド)
4年前に出会ったがんの子どもたちは、多くが死んでしまった。そして、長い治療生活が終わる最終段階になって薬がなかったり、治安の悪化で病院に通うことができず死んで行く子どもたちが増えている。私にとっても悲しいことが多かった4年間だった。
スハッドが地獄と化したバグダッドで元気に生きていてくれていることにとってもうれしくなった。
佐藤 真紀 (JIM-NET事務局長)