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● 4月25日:再び銃撃戦に巻き込まれたイブラヒム
マス・メディアが伝えるニュースをチェックする限りでは、今日のバスラは平穏のようだ。アンマン駐在のJIM-NETスタッフ加藤も特にこれといったニュースはまだ耳にしていないようだった。私は友人たちに、「バスラはよくやく落ち着いてきたようです」と経過報告のメールを送ったばかりだった。
バスラにいるイブラヒムに電話をする。イスラム教の国では金曜日が休日。木曜日は週末の前の日になる。
イブラヒムは、朝から病院に行き、院内学級で教えた。その後、イブラヒムはドクターに呼ばれる。薬を買ってきて欲しいというのだ。シャットル・アル・アラブ川の対岸のタンヌーマ地区には薬局がたくさんある。イブラヒムは兄と一緒に12時ごろ薬局に着いた。1500ドル分の抗生剤を買い付けると、外でいきなり銃声が聞こえた。銃撃戦が始まったようだった。店員3名と男性客2人と女性客が1人いたが、皆、流れ弾に当たらないように身を伏せた。停電。ヘリコプターが舞う音が聞こえる。6時間ほどが経った。
「今なら大丈夫だ」イブラヒム達は外に出て車に乗り込んだ。弾丸が飛び交う中を車はスピードを上げて駆け抜ける。イブラヒムは、6、7人の人が道路で血を流して倒れているのを見たが、生きているのか、死んでいるのか、わからない。
買い付けた薬を持って何とか病院まで引き返したが、医師たちはすでに避難していて、病院には数人の患者が残っているだけだった。院内学級の教室に薬をしまうと慌てて外に出た。
外出禁止令が出ているのか、通りには誰もいない。イブラヒム達は全速で家路についた。
無事に家に着いたときは夜の8時だった。
「イブラヒムハイキテイルヨ、アリガトウゴザイマス」
病院での食料パッケージの配給は、これまでに80家族に対して行われた。このうち20家族は、がん以外の患者である。
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