サイト内検索
JIM-NETはイラクのがん・白血病の子どもたちの支援をしています。


4月10日:大規模デモは中止に

  昨日(4月9日)は5年前にサダム政権が崩壊した日。ムクタダ・サドル師は「アメリカによる占領」に抗議する大規模デモの決起を支持者に呼びかけていました。イラク政府はこれに対して、「デモは平和的に行われることを望む、武力衝突は避ける。」とコメントしていましたが…。
  固唾を呑みながら4月9日を迎え、早速バグダードに電話をして状況を確認。バグダードの友人によるとデモは取り消されたとのこと。サドル師の支持者も身の危険を感じて路上には出ないだろうということでした。しかし、ファルージャでは小規模なデモが行われたようです。
また、ずっと衝突が続いていたバスラ中心部は、ようやく安定しつつあるようです。しかし政府の力は及ばず、武器の受け渡し期間もさらに3日間延長されました。沈静化したといっても常に衝突が発生する危険を孕んでいます。そして銃声は日常的に鳴り響いています。

 イドリス先生(ジュムフリーヤ地区)によると、
「中心部でもようやく病院を開け始めました。といっても様子見程度の数時間だけですが…。今まで武装衝突の危険のために外出できなかった負傷者達が、続々と病院にやってきています。患者の多くは外科処置が必要とされる人々です。中には、ひどい怪我を負っているにもかかわらず、家で嵐が過ぎ去るのをじっと待っていた患者もいます。ようやく治療のために病院に来られるようになりつつあります。もちろん危険も恐怖もつきまといますが…。」

  ファーティマ(ズベイル地区)は、
「まだ学校に行けないよ。だから家で絵を描いてるの。戦闘の最中は乾いたパンを食べてたこと、水を運ぶ大きい車、真っ赤に燃えてる車、誰もいない学校とか…。」
ズべイルは比較的早い時期に安定化のニュースが伝えられていましたが、実際は危険な状態が長く続き、学校も閉まったままです。

  バスラ市では医師と同じく大学教授も襲撃の対象とされ、殺害される事件が多発していました。そのため教授達は自分達の身を守るよう政府に要望しています。しかし、現在の政府には彼らの要求に応えることはできないでしょう。また、サドル師の停戦声明の後は報道の数が激減し、今はバスラのことをあつかう報道はほとんどなくなりました。誰もに知られることなく、市民が苦しみ死んでいく…。これがバスラの現状です。

⇒戻る


HOME現地情報特集:バスラ危機
お問い合わせ・資料請求