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JIM-NETはイラクのがん・白血病の子どもたちの支援をしています。


解放されたラーラの兄弟


 アメリカ軍によってバスラのブーカ刑務所に拘留されていたラーラの2人の兄弟のうち1人が解放された。彼はすでにバグダードの実家に戻っているそうだ。その知らせを聞いたラーラの母親は非常に喜び、一年半ぶりに息子に会うためにバグダードに急遽帰国した。解放の知らせを聞いた時の心境をこう語ってくれた。
「夫からの電話で息子が解放されたことを知ったわ。息子は私たちの家に帰れてとても喜んでいるそうよ。夜中の3時頃に拘置所を出発し、ヘリコプターでバスラの空港まで連れられていかれ、さらにそこから飛行機でバグダードまで帰ったの。」

息子さんがアメリカ軍に連れ去られた時のことを詳しく教えてください。
「ええ、2007年の4月26日だったわ。夜中の2時くらい。バスに乗ったアメリカ軍が私たちの家にやってきた。突然、爆発音が聞こえて、その直後に10人くらいの武装したアメリカ軍の部隊が家に押し入ってきたの。私たち女は声を立てないよう物陰に潜んで、じっと隠れていた。当時、夫は目の治療のために入院していたから、家には私と息子たちと娘たちだけだった。アメリカ軍は息子2人を見つけるやいなや、顔にマスクで覆いをして家から連れ出した。その後は朝の4時くらいまで家宅捜索が続いたの。家の中のものは壊されて無茶苦茶にされたわ。そしてラガド(長女)のパソコンやパスポートも奪っていった。調べている間、何度か米軍に付き添っていた通訳が「水をくれ」といったので私は何回か洗面所に水を汲みにいって渡したわ。ラーラはその間ずっと声を押し殺して震えてた。明け方になって通訳が「この家から銃や武器など発見されなかったから、2人の息子もすぐに解放されるだろう」と言ったけど…、大嘘だった。それから今まで息子は1年半ずっと拘留され続けた。そのときの米軍による捜索で私たちの地域から27人が連行されたわ。そのほとんどがなんの罪もない市民だったわ。中には小さな子供までいたのよ!」

息子たちが解放されるよう、訴えなどを出したりしたのですか?

「もちろんよ、色んなところに訴状を出しに言ったわ。でもイラク政府は彼ら(米軍)の側でしょ。何もしてくれなかった。米大使館やこっちのUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)にも訴えたりしたけど何の成果も得られなかったわ。これに加えて、ラーラの白血病が再発して、私たちは本当に疲れ果てていたのよ。本当に誰一人として私たちの側に立ってくれる人はいなかったわ。」

息子さんに会ったら、まずどんな言葉をかけたいですか?
「かける言葉なんてないわ!なんて言ったらいいのよ!顔みたら泣いてしまうわ・・・。何も言えないわよ。ただ・・・「こっちにおいで。」と言って抱きしめることができれば…」

08年10月4日
加藤 丈典(JCF/JIM-NET)

 

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