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JIM-NETはイラクのがん・白血病の子どもたちの支援をしています。
 重度の多動性障害(多動症候群)の女の子をかかえるイラク人都市難民の苦労

  アンマンの北部マリカ地区裏通り、コンクリートで固められたボロボロのアパート群の前まで来たとき足下に数個の石が転がった。子ども達が石を投げてくる。窓からその光景を見ていた大人が子ども達を叱り、子ども達はサッカーをしに戻っていく。このアパート群の一棟にイラク人少女ナノ(5歳)がいる。
  ナノは一見すると、元気で可愛らしい女の子なのだが、普通の子どもよりも発育が遅れている。多動性障害に冒されているのだ。ナノは、最初に彼女の家を訪れた時から自分の行動を自制できず、とにかく動き回っていた。子どもはそのようなものではないかと両親に聞いてみたが、そうではないのだという。多動性障害は成長につれて症状が改善することもあるらしいが、最近はそれがどんどんひどくなってきており、ストーブをひっくり返したり、商店からチョコレートを盗んできたり、つい最近は、友達の子どもを叩いたり、引っ掻いたりして怪我を負わせてしまったりと、両親は彼女をどうやって育てていけばよいのか、ほとほと困り果てている様子である。両親が言うには、ナノがこのようになったのには原因があるのだそうだ。

  ナノの一家がまだバグダードのガディール地区に住んでいた時だ。この地区も米軍による空爆がすさまじく、大きな被害が出た。すさまじい爆音が鳴り響き、怯えながら生活していた時、ナノはまだ母親のお腹にいた。
そして2005年10月、ナノが2歳の時、彼女の家に2人組の強盗が押し入った。その時突然襲ってきた男に、ナノは頭を力一杯殴られ、床に転がった。その後2人組は金を奪って去っていった。バグダードでの生活に危険を感じた両親はすぐにヨルダンへの移住を決意した。

  ヨルダンに来てから、ナノが他の子ども達と遊んだりするのを見ていて、少し他の子ども達と違っていることに気がついた。全く集中力がない。字も書けない。5歳になるのにおむつを卒業することもできない。両親は常に暴れ回るナノを不審に思い、病院に連れていった。彼女は治療よりも専門的な教育を受けることが必要だと言われたが、両親にはそうしてやる経済力はない。精神を落ち着けるため、リタリンを処方してもらった。しかし、この薬は彼女にとって強いらしく、薬を与えたあと、彼女はよだれを垂らしたままボーっとしてしまうようになった。それが彼女にとって良くないと感じた両親は、リタリンの服用を中止している。今は彼女が眠りにつくまでじっと耐えるのみである。僕が訪れた時も玄関ドアをノックすると父親がそうっと出てきて台所に招いた。静かに扉を閉め、そして小声で「今ちょうどナノが寝付いたところなんだ。申し訳ないが台所で…。」と彼女の目覚めを恐れるように囁いた。

  娘とどうやって向き合えばいいのかナノの両親は話すのだが、日頃の育児ストレスのために話し合いがしばし口論にまで発展することもある。ナノの母親は、泣きながら、夫にもっと育児を手伝ってと訴える。夫は下の弟の面倒だって見なければならない。自分だって手一杯だと強い口調でそれに応じる…。

  ナノは、夜眠ってからも、30分おきには目を覚まし家中を動き回るため、両親は常に寝不足だという。彼女が眠りについたのを見計らい、母親はしばしの休息につくため寝室に下がっていった。父親は娘についてこう語る。
「私はただ娘が普通に育ってくれて、普通に幸せになってほしいだけです。それだけが我々親としての望みです。」
  寒い部屋で小さなストーブに手をかざしながら、日々の困難について父親は語る。ヨルダンは物価が上がり、ストーブのガスなど生活必需品の値上がりが市民の生活を圧迫している。これまで頼っていた支援も半年間打ち切られてしまった。そのため特に紙おむつの工面が難しくなってしまった。ナノは48枚入りの紙おむつを月に3パックも消費する。「これだけでもなんとかならないだろうか?」と父親は支援を求めた。
  多動性障害かどうかの診断は難しい。子どもは大体において注意力が欠けているし、時として暴れたりもする。このような心の病は支援も受けにくい。
  ナノの病気が、直接的な戦争による影響かどうか判断するのは難しいが、戦争によって故郷を追われ、職を失ったため娘のケアが充分にできなくなったのは事実だ。両親はただ時間の経過と共に娘が普通の女の子に育つよう祈るばかりである。

08年1月22日

加藤 丈典(JIM-NET)

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