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JIM-NETはイラクのがん・白血病の子どもたちの支援をしています。
 犠牲際(イードルアドハー)

  ヨルダンは、1年で最大のお祭りである犠牲祭の真最中です。この期間に、かつて予言者イブラヒームが自分の息子を神への生け贄に捧げようとしたことに因んで、イスラーム教徒は羊を生け贄にするのですが、今回、僕の恩師である方から、この犠牲羊を代わりに屠り、都市難民の方々に別けてほしいという要望を受け、引き受けることになりました。

  僕が向かったのは、アンマンの郊外にある犠牲羊の牧場です。この時期は、少し町はずれに行くと、小さな柵の小牧場のようなものがあちこちに目につくようになります。その中に20頭ほどの羊が囲われており、みんなこの中から羊を選んで買って行くのです。(僕が訪れたときも普通自動車でやってきて車のトランクに羊を押し込んで持って帰る人がいました。)
  まずは羊を選びます。この後のことを想像すると少しためらいましたが、少し大きめの羊を指し「この子にします。」と…。すると牧場主がむんずと羊を捕まえて量りまで抱えていき、重量を見るのです。羊の値段は重さで決められます。
  値段が決められた後、いよいよ羊を屠らねばなりません。これは牧場のすぐ隣で、その場でおこなわれます。車が何台も通る道路脇、寒空の下で…。

  牧場主に「誰による捧げ物だい?」と問われたので、僕は恩師の名を告げました。するとそれまで羊の世話をしていた他の人々も手を止め、辺りが静まります。みんなの視線が羊に集まりました。僕は寒さと緊張で身体中の筋肉が硬直していました。羊の首に刃があてがわれ、
「○○による捧げ物です。ビスミッラー(神の名において)」
「ビスミッラー」(全員)
  直後、羊は最後の息を吐きだし、暴れることなくその一生を終えました。横たわった体の向こう側から立ち上る湯気が、それまでそこにあった生命のように、すぅっと夕暮れの空に消えていきます。

  解体した羊を小分けにしてもらい、普段付き合いのあるイラク人家族のもとに届けました。羊丸々一頭なのでかなり重量があります。どの家庭も笑顔で出迎えてくれました。多くの家庭が、ひっそりと暗い路地裏に暮らしているのですが、日が沈み明かりが灯された家々からは夕飯の支度をしていることがうかがわれ、温かさが感じられます。
「犠牲祭おめでとう。みんな健康に過ごせますように!」
  扉が開く度に明るい返事が返ってきます。僕が訪れたどの家も病に喘ぐ子ども達がいるのですが、犠牲祭の時期はその事も忘れて団らんを楽しんでいるようでした。このイラク人の家族達はこういった祭礼を通じて、また難病に冒された我が子を通じて、そして戦争を通じ、僕らの何倍も生命というものを知っている人達です。それゆえ犠牲祭で迎える団らんは一際大きな喜びに違いないでしょう。そのような中であの羊がこの団らんをさらに明るくするものとなれば、この上ない喜びです。簡単ですが犠牲祭についてご紹介しました。
このような機会を与えてくれたJIM-NETと恩師に感謝いたします。

イード・ムバーラク

写真(上から):生贄になった羊、ヌーラーンちゃん(右側の少女)と家族、ハイサム君とお父さん

07年12月23日

加藤 丈典(JIM-NET)

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