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JIM-NETはイラクのがん・白血病の子どもたちの支援をしています。

ムハンマドの場合…

  バグダッドの北30キロの村に住む白血病の少年ムハンマド(13歳)の父親から電話が来ました。
「2か月に一度のモスルの病院での化学療法に行かなければならないが、道のりが危険であるうえ、交通費が工面できない」という訴えでした。
  彼らの村では「モスルに行った者のうち10人に7人は戻って来ない」と言われているそうです。強盗、武装した民兵や米軍の攻撃、爆発…。さまざまな危険がその道には待ち受けています。治安が一層悪化したこととガソリンの値上がりで、モスルまでの往復のタクシー代は500ドルにまで跳ね上がってしまいました。しかし、父親は「せっかくここまで助かった命、途中で治療をやめるわけにはいかない」と、友人や親戚に借金をして、モスルのイブン・アル・アシール病院に連れて行く準備を進めていました。

 ムハンマドは2005年の11月に「白血病にかかっている。このままでは2か月の命。イラク国内では治療ができない」とバグダッドの医師に診断されて、ヨルダンのキングフセインがんセンターでの治療を始めました。父親が財産を売りはらって治療費を作り、ヨルダンや日本のNGOなどの助けで2006年の8月まで治療を続けましたが、いよいよお金がなくなったので、治療の途中でイラクに帰ることになりました。
  しかし、イラクに帰ることを決心したのはお金がなくなってアンマンでの治療をあきらめたからだけではありませんでした。
「イラクの自分の村からバグダッドの病院へは危険で行くことができない、しかし、400キロ先のモスルの病院なら、遠いが通うことはできる。そこにはJIM-NETの招聘でアンマンのがんセンターで研修を受けた小児がんの専門医と看護師がいて、ムハンマドの治療を引き受けると言っている。ムハンマドの今後の治療はJIM-NETが送る医薬品で続けることが可能だ」という希望があったからです。
  診察日を過ぎても出発できずにいると、医師から「がんばって治療を続けるように」と励ましの電話が来るそうです。イラクに帰ってから約9か月、ムハンマドは危険を乗り越えてモスルの病院で治療を続けてきました。治療は順調に進んでいますが、あと1年から1年半の治療が必要です。
 ムハンマドは月に3、4日しか学校に通っていません。治安が悪いのと、学校で感染症をもらってしまう心配があるからです。落第しないように、最低限必要な日数だけ登校して、他の日は家で勉強をしているそうです。
 JIM-NETでは、ムハンマドに交通費の一部を送金し支援しました。

西村 陽子 (JIM-NET/アラブの子どもとなかよくする会)

写真上 2006年11月、モスル滞在の際にちょうど治療に来ていたムハンマド父子を訪問したバスラのイブラヒム先生(JIM-NETローカルスタッフ)が撮った写真。おいしそうなイラク料理が目の前に並んでいるが、化学療法中のムハンマドはあんまり食欲がない。モスルの病院で治療する間、市内のホテルに滞在すると攻撃の対象になりやすいので、郊外のリゾート地にある高価なアパートを借りるしかない、それも大きな経済的負担になる。

写真中 モスルのイブン・アル・アシール病院。2007年1月に改築が終了し、イブン・シーナ病院に間借りしていた小児がん病棟が移転した。病棟のスタッフは、チーフの医師の下に3人の若い医師と6人の看護スタッフが揃っている。バグダッドや遠くはバスラからも患者を受け入れるようになり、患者数は増加する一方である。5月は新患が25名という異常事態。

写真下 最近、治安の悪化が著しいモスル。当病院の医師から「電話による脅迫を受けています、でも、まだ、生きています」というメールが来たこともある。一方で、こんなのどかな光景も。モスル郊外、チグリス川の支流沿いにあるリゾートエリア「シャララート」


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