
前回6月24日のけりだし分は、いったん、国境で、積荷が押さえられた。
「まあ、50JD(ヨルダン・ディナール。50JDは約8000円)ってとこかな。さもなくば、薬は、保健省の検査場へ持っていく、ということはどういうことかわかるかね?
一週間、二週間、場合によっては一か月、検査を待つわけさ。でも、果たして検査されるかどうかもわからない。そのうち誰か(保健省の役人?)が横流しして、ブラックマーケットに品質が低下した薬が流れる。それでも、小児がんの患者の親ときたら、喜んで買うわけさ。あんたの運んでるその薬、要冷蔵なんだろう?
今のバグダッドの気温は40度を越えている。そういうところに、あんたの大切な薬が置いておかれるわけさ。さあ、どうするかはあんたが決めろ。」
そんなふうに国境警備員は恐喝した。もちろん政府の役人だが、国境の警備はおいしい仕事に違いない。弱みにつけこんだ袖の下がとり放題なのである。
ドライバーは、ポケットをまさぐった。
「すいません。これだけしかないんで…。」運転手は30JDを差し出した。
「少ないが、まあ、いいだろう。」そういって役人は、荷物を通関させた。
運送会社のオヤジの話では、大体上記のような状況だったそうだ。幸いにもバグダッドに届いた時、薬はまだ冷えていた。(右上写真
薬屋のおやじはパレスチナのナショナルチーム、運送屋のオヤジはイラクのユニホームでポーズ。「パレスチナもぼろぼろ。イラクもぼろぼろ」)
こんなことがあったばかりなので心配だが、一日遅れで最後の薬をけりだした。
運送屋のオヤジの話では、バグダッドの事務所の周りでは、きょうは3か所で爆弾が爆発したという。事務所が襲われていないか心配だと言って早速電話をした。しかし今、イラクへの電話は電波が悪く、通話が途切れ途切れになってしまう。
幸いにも事務所は大丈夫だった。(右写真
イタリアの応援ではない。7月1日、サドル・シティでの爆弾テロに怒り狂う一般市民)
今、バグダッドには夜間外出禁止令が出ている。夜間はイラク政府内に編成されているシーア派の民兵が「家庭訪問」する。再び運送屋のオヤジの話。
オヤジの奥さんのおいが、友達と一緒にいたところに民兵が入ってきた。入ってきた民兵は、二人に名前を尋ねたそうだ。
おいの友達が、「ソフィアン」と答えると、
「ソフィアンね。いい名前だ。」と言って銃を抜くと、その場でこめかみに一発打ち込んだ。今度は、おいの方を向いて、
「さあ、名前を言うんだ」
「ア、アリです…」
「アリね。いい名前だ。とっととうせろ!」とけりだされたのだという。
ソフィアンはスンナ派、アリはシーア派に多い名前だ。
運送屋のオヤジは、「妻には内緒にしてある。知ってしまったら動転してしまうに違いないから…。
今のイラクでは、身分証明書なんてまったく役に立たない。すべては兵士の気分なんだよ。先日は、クルマのナンバープレートのせいで襲われた人たちがいた。クルマのナンバーが「ラマディ」ということでスンナ派だと思ったんだろう。シーア派の武装集団が蜂の巣にしてしまったんだ。でも、皮肉なことに運転していたのは、シーア派のドライバーだったんだ。後で、その集団は謝罪したそうだけど…。」
オヤジは続けて言った。
「夜は、シーア派の民兵しか動けない。彼らが暴れるのは夜。そして昼間にしか動けないスンナ派は、昼間、報復の爆弾テロをやる。だから、今のイラクは夜も昼も地獄なんだ」
翌日、アブ・エスと連絡を取るが、まだ薬は到着しないという。
運送屋にもバグダッドと連絡を取ってもらう。結局夜間外出が禁止される直前に薬はバグダッドに到着したため、アブ・エスは動けず、運送屋の事務所の冷蔵庫に薬は保管されることになった。これで、まずは一安心だ。私は心置きなく(?)帰国できることになった。
空港に向かう途中、チーム・ ブラジリのメンバーに別れを告げるため、彼らが宿泊しているホテルを訪問した。
夜中だというのに道路でサッカーをやっていた。みんな、元気でありがとう! (左写真
アンマンで夜中、サッカーに興じるチーム・ブラジリ。夜は外出が禁止されているバグダッドでは考えられない光景。)
砂漠のゴール作戦、けり出した薬の総額=10168300円
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口座名:日本イラク医療ネット
佐藤 真紀 (事務局長)
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