現地情報アンマン2006
緊急リポート イラク、増えつづける国内難民


 

 27日、国連イラク支援団(UNAMI)は、中部サマラで今年2月に起きたイスラム教シーア派聖廟(せいびょう)爆破事件後、宗派対立の激化などによって住居を追われた国内避難民が15万人に達したとする声明を発表した。
 避難民の多くは、所属する宗派を理由に武装勢力や民兵から「町を出て行かなければ殺す」などと脅迫され止むを得ず居住地を離れている。声明は「イラクの長期的な安定のためには、避難民が安全に帰還できる仕組みが必須だ」と強調。マリキ政権に、緊急かつ実効性のある対策の必要性を迫った。マリキ政権は、26日に国民融和計画を発表しているが、治安は一向に安定しそうもない。
 
  JIM-NETの現地スタッフ、イブラヒムが、先月、バスラ南部のズベイルにある避難民キャンプを訪問した。 (右写真 難民が暮らすテント。日中は45度を越える酷暑。写真をクリックするとズベイル付近の地図が表示されます。
)

 避難民はティクリートの近くのベイジという村から来たというが、そこでは、スンナ派の住民が大多数をしめている。シーア派の住民たちは、今年2月、サマラの聖廟爆破に対して哀悼の意を表明しようと、「私たちは、イマーム・アスカリ・モスクが破壊されたことを非常に残念に思い、哀悼の意を表したいと思います。ベイジの住民」というような垂れ幕を街に掲げようとしたところ、スンナ派の「正義の刀」と名乗る武装集団から脅迫状が届いたという。直ちにここを立ち退かないと殺すというのだ。そこでシーア派の住民たちは、あわてて着のみ着のままで家を出て、バグダッドも危ないので、シーア派の多いバスラまで逃げてきたのだという。(左写真 キャンプの粗末な給水設備)
 ファルージャやバグダッドから逃れたシーア派も含め38家族が、バスラの南、ズベイルの町のスポーツクラブのグラウンドにテントを張った。男性51名、女性65名、87名の子どもがテントやスポーツクラブの施設に住み着いている。赤新月社と国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が支援をしているが、水や食料は十分ではない。そして何よりも、バスラの暑さは過酷だ。日中は摂氏45度を越えるのだ。
(右写真 話を聞くイブラヒム 黄色いシャツを着ているのは娘のファートマ)
 アブ・ハイダルは、ベイジのホテルで働いていたが、「スンナは結束が強い。シーア派の地域まで逃げてきたけれど、結局、ほとんど助けてくれない。お金もない、食事も十分でない。どうすればいいんだ?」と嘆く。     〜 イブラヒムの聞き取り調査から 〜

 キャンプを視察したイブラヒムは、次のように言っている。
「イラクはどんどん悪くなっていく。シーア派とかスンナ派とかで対立するなんて今まで考えられなかった。フセイン政権のときは、警察がしっかりしていた。今は警察も信用できない。結局、アメリカはイラクに長くいたいためにかく乱しているんじゃないか? あるいは、イランから秘密警察がやってきて、スンナ派を殺しているといううわさもある。同じイラク人同士が争うなんて…。」
 イブラヒムによると、現在ズベイルも夜の9時から翌朝の6時まで外出禁止令がしかれているが、夜になると銃撃戦が始まる。誰と誰が撃ち合っているのか全くわからない。電気は、5時間に1時間の割合でしか来ない。冷房もないので、通常なら夜は屋根で寝るのだが、流れ弾が飛んでくることを恐れて、人々は暑い中家の中で寝ているという。
(左写真 避難民の子どもたち)

06年6月29日