IV
パネル・ディスカッション
神谷さだ子(JCF/JIM-NET)さんが、みなの関心事を再度、講演者に質問し、フロアからも発言を求めた。
(写真左から、神谷、竹沢、柴田、酒井、佐藤の各氏) |
神谷氏: |
イラク国内は内戦状態なのでしょうか? |
酒井氏: |
シーア派、スンニ派というのは、日本でいう寺の宗派ぐらいのもので、もともと対立しあうことなく、共存していた。現在あるのは、シーア派対スンニ派、というより、フセインの側近だった残党とフセイン政権時代に虐げられた人々、国外に逃れていた人々の間の対立で、報復合戦になっている。シーア派対スンニ派という対立は生活実感にないもので、冠婚葬祭のとき「ああ、お宅はそちらだったのね。」と気づき、咎めあうものでもない。現在の争いはイラク戦争以後の政治プロセスで形成されてきたものである。 |
竹沢氏: |
わたしもその通りだと思う。 |
佐藤氏: |
ぼくの友人でアンマンで知り合ったカップルが、宗派が違うために結婚を許されませんでしたが…。 |
酒井氏: |
(結婚問題に関しては)部族(による問題)もあります。 |
神谷氏: |
自衛隊は現地に受け入れられているのでしょうか? |
竹沢氏: |
ぼくたちはサマワには行かれない。日本人のフリージャーナリストとNHKの現地スタッフが取材したことから知るのみであるが、現地には少なくとも自衛隊がいるから職があるという人たちがいる。そこに反発・反感はない。ただ、移動するときは小銃を持ってものものしく通っていくのであるから、多国籍軍と同列に思われて当然である。
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柴田氏: |
日本が世界の国々と比べて、得意とすることをどんどんやっていくのがいい。給水とかインフラの整備とか目の前のこともあるが、数十年、数百年というスパンで関わっていく植林のような事業を考えることが大事だ。
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フロアAさん: |
大量破壊兵器の査察を行うなら、フセイン政権下での人権の問題も査察の対象にするべきだった。 |
フロアBさん: |
いきなり戦争をしかけるのでなく、ロシアや中国が北朝鮮にしているように、時間をかけて交渉していくべきだった。内戦などなかったのに、自国民が殺し合うようになってしまった。
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酒井氏: |
暴力と軍事力は同一のものである。暴力に正当性がこじつけられたら、軍事力ということになり、どんなふうに正当化ができるかが議論の対象になってしまっている。
また、反フセインの人々の間に、「アメリカにやらしとけ。」という攻撃を容認する態度があったことも、冷徹な事実である。イラク人だけでなく、イラン人もアフガニスタン人も、権力者を倒してもらって、自由社会を勝ち取りたいと思ったとき、とりあえずアメリカに倒してもらったらいいという発想の人があり、そのとき引き合いに出されるのは、第二次世界大戦後の日本なのだ。 |
佐藤氏: |
何が正当かということを決めつけず、また現状打破をあきらめず、窓口を保っていくことが必要だ。 |
神谷氏: |
アメリカは目的を達したのでしょうか? いつ撤退するのでしょうか? |
酒井氏: |
経済利権ということでいえば、石油について掌握するところまではいってない。修復するべき石油関連施設も、特にアメリカ企業が着手していない。
アメリカにとってイラク駐留はたいへんな負担である。いつでも手をひくことはできるが、追い出されたという形は困る。成功したという形で戻りたい。
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竹沢氏: |
戦闘の真っ最中だけでなく、これからも長く伝えていきたい。 |
佐藤氏: |
イラクの白血病の子の支援を続けていくので、協力をお願いしたい。 |
酒井氏: |
東京外国語大学のホームページに中東メディアの翻訳サイトがあるので、参考にしてほしい。 |
さらに発展した議論が期待できたところですが、ディスカッションに30分足らずしかなく、全体で3時間という制限が残念でした。なお、パネリストたちの熱いトークは近くのコーヒーショップに場所を移して続きました。
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酒井
啓子 (さかいけいこ)
東京大学教養学部卒業後、英国ダーラム大学で修士号取得。アジア経済研究所勤務。1986年から89年まで在イラク日本大使館調査員。中東総合プロジェクトチーム研究員、アジア経済研究所参事を経て、2005年10月より東京外国語大学政経。大学院地域文化研究科・中東イスラーム研究教育を担当。
著書に『イラクとアメリカ』(岩波新書2002年:アジア・太平洋賞受賞)、『フセイン・イラク政権の支配構造』(岩波書店2003年)、『イラクー戦争と占領』(岩波新書2004年)、『イラクはどこへ行くのか』(岩波書店2005年)など。
竹沢 顕 (たけざわあきら)
1983年NHK入局後、山口放送局と札幌放送局で計10年間の勤務を経て、1993年、報道局『ニュース7』部へ異動。2年間、ディレクターとしてニュースの制作に携わる。
1995年報道局国際部に異動。イランに約半年長期出張した他、パキスタンやインドネシア等イスラム圏を中心に取材。1998年より2002年までカイロに駐在し、イラクをはじめ中東とアフリカ地域を取材。2002年から現在まで報道局国際部にて、中東担当のニュースデスクを担う。この間に『ニュース10』の副編集長(国際ニュース担当)も務める。
柴田 久史 (しばたひさし)
1982年、国際協力事業団(JICA)の専門家コーディネーターとして、タイ国境のカンボジア難民のための日本政府派遣医療チームで勤務。
1983年より日本国際ボランティアセンター(JVC)に参加。東アフリカのソマリアで2年間の駐在を経て、東京、バンコクで勤務。1991年湾岸戦争後のイラク国内で戦争被災者支援活動。
1992年〜95年、南アフリカ、グアテマラなどで地域住民の自立のためのプロジェクトの企画立案。1998年〜2003年郷里の岡崎に戻り、塾講師として勤務。2002年、小学生を対象にしたNPO「わんばく寺子屋」を立ち上げ、畑・田んぼ作業を通しての農業体験・木工や石工などの伝統技の体験・国際交流などのプログラムを実施。2004年〜05年愛・地球博「地球市民村」のNGO/NPOコーディネーター。
2005年、岡崎の街づくり、人づくりを目指す「おかざき塾」を設立。現在、おかざき塾事務局長、わんばく寺子屋理事、愛知教育大学非常勤講師を務める。
佐藤 真紀 (さとうまき)
早稲田大学理工学部卒業後、ブリヂストン入社、同社研究所にて勤務。1994年からイエメンで協力隊に参加するが、内戦がおこり避難。その後、シリアでの国営タイヤ土場の民営化プロジェクトに従事。
1997年より、日本国際ボランティアセンター(JVC)に参加。2001まで国連ボランティアなどでパレスチナに赴任。ピースライブラリーを立ち上げる。2002年からはイラク事業を立ち上げる2003年に帰国し、イラクの小児がん・白血病支援のためのネットワークJIM-NETを立ち上げる。2005年から事務局長。
著書に「戦争なんてもうやめて! 自画像で握手(大月書店)」、「子どもたちのイラク(岩波ブックレット)」など。最近「戦火の爪あとに生きる(童話館出版)」を上梓したばかり。
神谷 さだ子 (かみやさだこ)
1979年、早稲田大学第1文学部露文科卒業後、熊本県にて生協活動に関わる。広報委員会や暮らしを見直す会で食品添加物・ゴミ問題に関心を持つ。1992年、長野県松本市に移転し、日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)の活動に参加する。96年より事務局長として、支援活動の実務を担う。また、本橋成一監督作品『ナージャの村』『アレクセイの泉』の製作に携わる。
著書に『ベラルーシ大地にかかる虹』(ユーラシアブックレット)
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