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V「NGOの取り組み:JVCとJIM-NETの活動を振り返る」(柴田久史/佐藤真紀)

 80年代90年代にJVCのスタッフとして、ソマリア、カンボジア、南アフリカ、グァテマラのプロジェクトに従事した柴田久史さんが、当時の活動を振り返り、今後の望ましいあり方を示した。柴田さんは現在、岡崎で「わんぱく寺子屋」「おかざき塾」を運営している。
 JIM-NET事務局長の佐藤真紀んが、90年代からの中東での活動を報告され、現在必要とされていることを訴えた。

柴田氏:

 ソマリアの難民キャンプで援助物資を供給しているとき、難民ではない周辺の貧しい人々も集まってきた。我々が行くことで援助に依存した生活が定着してしまうことに、大いに矛盾を感じた。それに対して、JVCはタイ国境カンボジア難民キャンプにおいて、職業訓練を行い、自立支援ということを主軸に活動した。
 91年、JVCはメディアも入っていないイラクにまず調査に入った。建物はそうひどく破壊されてないのに、電気、通信が破壊された都市は病院も消防も機能していなかった。近代戦争の都市の攻撃のしかたを思い知った。
 追って食糧、粉ミルク、医薬品を輸送し、さらに水の問題の重大性を取り上げ、水質調査、塩素の供給に尽力した。塩素が経済制裁品目にあるのかどうかという点について確認しようとしたとき、経済制裁品目というリストがあるのではなく、その都度、安保理の判断を仰ぐということを知った。結局、塩素は、UNICEFを通じて送ることができた。
 さらに電力供給についても考えたが、日本企業が一基5千万円程度のジェネレーターを発電所に寄付していることなどを見て、NGOの活動としては医療支援に向かった。
 現地で一般の人と接すると、「きのう期末テストだった」「疎開先で親戚ともめた」というような、我々とまったく同じ日常が紛争地域にあることを知り、当たり前のことながら愕然とする。ひとりひとりの生活への視線を忘れないことが重要だ。

佐藤氏:

 パレスチナは中東問題の心臓部である。JVCのスタッフとして難民キャンプでピース・ライブラリーを立ち上げた。そこを拠点に、憎しみの連鎖を断ち切るべく、イスラエル軍の攻撃の中、怯えて不安な日々を送る子供たちの心に、平和を訴えた。子供たちには原爆のことも学んでもらった。絵を描いたり、歌を歌ったりという活動は、現地にとどまらず、日本の子供たちとそれぞれ自画像を描いて、コンピュータ上で手をつないだ絵に合成するプロジェクトに発展した。
 それらの絵をポストカードにして、日本でのアドボカシー活動に活用している。また、イラク戦争直前にイラクの病院で白血病に苦しむ子供たちをたずねたとき、ひとりの女の子に見せたところ、自分と日本人の子が手をつないだ絵を描いた。「先生になりたい」と語っていたその子は直後になくなった。
 先進国においては白血病の多くは治療できる。イラクに医療支援することで、子供たちの命を救おうと活動を続けている。同様の使命感をもつ日本の7つの団体がネットワークを持つことで、得意分野での活躍を充実したものにし、効率よく、継続的に支援していこうと考え、できたのがJIM-NETである。
 現地の病院のニーズの把握、関係省庁や国際機関との調整、資金調達などの仕事を共同で行い、医薬品を届け、患者の家族の生活を支えるべく、活動している。最近では、治安の悪い中、医薬品を現地に届けたり、イラク人医師を招聘し情報交換したりした。チョコレートと子供たちの絵をあわせたギフトを使った募金活動では、資金調達とアドボカシーの両面で成功している。さらなる資金調達が課題である。

柴田氏:

 愛知万博の「地球市民村」にも、予想に反してたくさんの人が立ち寄った。一般の人たちにも、戦争や飢餓の問題に絶望せずに、ひとりひとりが参加することによって何かが少しずつ変わるという気持ちでいてほしいし、子供たちにもそう伝えたい。伝え方を工夫するのも、NGOの役割である。