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広島の平和記念公園にある「原爆の子の像」、このモデルになったサダコ・佐々木禎子さんは、広島に投下された原爆が原因で白血病になり、12歳で亡くなりました。
サダコは、日本より海外のほうで有名かもしれません。
私は、かつてパレスチナで、子どもたちにサダコの話をしました。日本のお坊さんが、エルサレムに住んでいてよく私の家に遊びに来ました。彼は、子どもたちに折鶴を教えてはサダコの話をし、平和を説いていました。
私もそれを手伝うなかで、パレスチナの子どもたちがサダコを思い平和を願う姿に、心打たれました。それから、1999年から2001年まで毎年パレスチナで「千羽鶴」というサダコの伝記映画を上映してきました(写真右)。2002年にはイラクでサダコの話を子どもたちに伝えました。
核兵器を廃絶し、平和で安心して暮らせる社会を作るのは、武力ではなく、教育なのです。世界のみんなが核兵器を使うとどうなるかを知ってもらわないといけません。
帰国して、ある集まりで大倉記代さんにお会いしました。大倉さんはサダコと病室をともにされた方で、当時14歳だったそうです。
私は、とてもうれしかったのです。大倉さんとサダコが病院の前で一緒に写っている写真(左)は、あまりにも有名です。パレスチナやイラクでこの写真を展示してきましたし、映画「千羽鶴」にも、大倉記代さんが登場します。
それから、私たちは、イラクの子どもたちがサダコを描いた絵でつながっていきました。
大倉さんは、白血病のイラクの子どもたちを励まそうと、しおりを作ったり、タオルを送ってくださったりしました。
そして昨年、サダコの思い出をつづった素敵な本『想い出のサダコ』を出版されたのを機に、JIM-NETの活動をささえようと、「サダコ」・虹基金を立ち上げてくださいました。そしてサダコの命日にちなんで毎月25日に、集まった分をJIM-NETに振り込んでいただくことになりました。その記念すべき第一回目が去る2月25日でした。皆様のご協力のおかげで、20万円がJIM-NETに振りこまれました。イラクの白血病の薬代が、一日約400円/1人で計算すると500日分のお薬。(なお、白血病の治療は約3年間かかります)
ありがとうございました。
ビデオ(画像をクリックしてください。)
アラビア語による『千羽鶴』上映
しおりをイラクの病院へ
 
パレスチナの子どもたちによる原爆をテーマにしたダンス
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