サイト内検索
JIM-NETはイラクのがん・白血病の子どもたちの支援をしています。
訃報


 「サダコ」・虹基金の発起人であり、前代表の大倉記代(おおくらきよ)さんが6月23日、がんのため東京都内の病院で逝去されました。

 大倉記代さんは、4歳の時に爆心地から3.3kmの自宅で被爆、1955年入院した広島赤十字病院で「原爆の子の像」のモデルになったサダコ(佐々木禎子さん)と同室となり、ともに闘病生活を送りました。大倉さんは、長い間サダコとの思い出を積極的に語ろうとはしませんでしたが、サダコの50年目の命日にあたる2005年10月25日『想い出のサダコ』を出版し、その「死」の側から語られることの多かったサダコを、輝かしい「生」の部分から語ることで、私たちに暖かい平和へのメッセージを送ってくださいました。
 想い出のサダコ』出版の翌年、「長年心に思っていた、禎子ちゃんの死を今ある命につないでいく仕事」として「サダコ」・虹基金を立ち上げ、イラクの白血病に苦しむ子ども達のためにJIM-NETに定期的に寄付を続けてくださいました。
  しかし、『想い出のサダコ』を執筆しているころから、ご自身の健康状態も悪化、今年3月には健康上の理由から「サダコ」・虹基金の代表職を『想い出のサダコ』の挿絵を描いた夜川けんたろう氏に託し、6月23日、とうとう帰らぬ人となりました。
  イラクの子供たちとJIM-NETへの生前のご厚意に、心より感謝しますとともに、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

2008年6月25日
JIM-NET

※ 写真は2007年8月25日(土) 「トークイベント 『いのちをつなぐ 〜医師・鎌田實とイラクの先生イブラヒム、夏のおしゃべり〜』(東京カタログハウスセミナーホール)で、終演後イブラヒムと談笑する大倉さん。
大倉さんはこの時、佐々木禎子さんが折った折鶴を二つ、「イラクの子供たちに」とイブラヒムに託しました。

 


目次お知らせ 
お問い合わせ・資料請求