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ライブのお知らせとテントがたどった数奇な運命
新年早々、JIM-NETの歌うスタッフ大嶋愛から知人や関係者に、次のようなメッセージが流れた。
1月29日、渋谷のライブで歌うことが決定しました。
イラクの白血病の女の子アスラールジバールちゃんが書いた詩に、歌手のmyuさんが日本語の歌詞をつけてくれた「青い空と白い鳩」を作曲者の木嶋康晃さんと一緒に歌います。
大学時代の友人4人で、「CAMELLIA(右の写真、椿という意味です)」という女声コーラスグループを作り、活動していますが、1月29日に渋谷でLIVEに出ることになりました。LIVEハウスで4人で歌うのは初めてなので、緊張ですが…。みなさま、ぜひ来てください!!

「青い空と白い鳩」のほかには、イラクにゆかりの深い「もしもし亀よ」(戦争前の2002年、バビロン音楽祭で日本の代表団が熱唱)、武満徹の小さな空、アメージンググレイスなどを予定しています♪
佐藤真紀JIM-NET事務局長が難民キャンプで拾ってきた、自衛隊が置いていったテント布を使って、イラクの学校の子どもたちの映像で流す予定です。
(上写真:清瀬のチョコ事務所で)
そのテントとは?!
■ 2003年3月31日
自衛隊所有の政府特別機、2機がヨルダンにテント160張りを輸送。銃を携行した自衛官に守られてアンマンのクイーンアリア飛行場に到着。輸送のコストは一億円かかった。
ヨルダン東部に設けられた難民キャンプで活動する援助団体などの関係者の間では、
「テントはヨルダンやトルコで買った方が安い。なぜ日本から高い輸送費をかけて運ぶのか?」という疑問の声も多く出ていた。
空港でテント引き渡しに立ち会った小畑紘一・駐ヨルダン大使は「たとえ経済的に 高くついたとしても、日本の難民支援に対する姿勢を示すことも考えねばならない」と話した。
キャンプには、現在イラク難民はおらず、テントの大部分はアンマン近郊の倉庫に保管されるという。 (2003年3月31日の朝日新聞サイトから)
UNHCRのHPによると、2003年の終わりごろには、日本のテントが使われだしたようだ。
■ 2005年、ルウェイシェッドでぼろぼろになったテントを発見!
■ 2006年論座7月号に寄稿。
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そして時はまさに2008年元旦のこと…。
私、佐藤は、インターンのタキを連れて、イラク国内に少し入った難民キャンプを視察しに行きました。
その途中で、思い出したのはルウェイシェッド難民キャンプ。昨年9月、中田英寿氏と一緒に行ったときは、最後の難民が数十人残っていましたが、10月にブラジルが残っていた人々を受け入れたので、4年半にわたって使用されていた難民キャンプが閉鎖されたのです。
途中、寄ってみると、荒涼とした砂漠に風が吹くのみ。一部のテントを残してほとんどが壊されていました。まるで、廃墟を探索するような感じでした。ちょっと前まで人がいたことを物語るように、靴やトランプや洋服がそのままになっていました。そしてボロボロになったテント。よく見るとJAPANの文字が…。
記念にもらって帰ることにしました。一億円で運んだテント160張のうちの一つの残骸ですから、ざっと計算すると65万円くらい! 価値あるテントです。今回のステージでスクリーンとして使うことが出来、布を買うお金が節約できました。(下写真:事務局長が格闘しながら洗濯したテント)
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