戦争は最大の環境破壊
〜劣化ウラン弾が使われた戦争
湾岸戦争では、ハイテク兵器が強調されました。「ピンポイント攻撃」という言葉が流行にもなりました。目標に的確に照準を定めて破壊し、一般への被害は最小限にとどめるという触れ込みでした。テレビのニュースでは、ミサイルが目標物に到達する映像が連日のように流されました。まるでテレビゲームのようなその映像から、湾岸戦争には「Nintendo
War(任天堂戦争)」という異名もつけられることにもなりました。しかし「ピンポイント攻撃」の現実は、非戦闘員である一般人にとっても厳しいものでした。10万人のイラク兵の他に、民間人が5千人から1万5千人死亡したとされています。
アメリカには、「いかなる計画であれそれが実行に移される前に政府によりその環境に対する影響が検討されなければならない」という環境保護法がありましたが、米国防総省は、湾岸戦争は規定から除外するという取り決めを行いました。その結果、この戦争は多大な環境破壊をもたらしました。湾岸戦争における環境破壊は以下のようなものでした。
● ペルシャ湾に流出した原油による海洋生態系の破壊
● 600本以上に及んだ油井の炎上による大気や土壌の汚染
● 化学兵器貯蔵庫への攻撃による危険物質の拡散
● 核施設への攻撃による放射能汚染
● 劣化ウラン弾使用による放射能汚染
炎上した油井は、1991年11月6日に鎮火するまで10か月間も燃え続けました。湾岸戦争は「戦争こそが最大の環境破壊である」という教訓を残しました。
そしてこの戦争で、一躍脚光を浴びたのが劣化ウラン弾です。米英軍の劣化ウラン弾は、クウェートから敗走するイラク軍戦車に対し恐るべき破壊力を発揮しました。兵器としては優秀な劣化ウラン弾ですが、燃焼し超微粒子となって拡散した劣化ウランは、環境へ計り知れないほどの影響を及ぼすことになりました。
2001年11月5日、国連総会は毎年11月6日を「戦争と武力紛争による環境搾取防止のための国際デー」とすると宣言しました(決議56/4)。武力紛争時の環境被害が紛争終結後もなお、しばしば国境や世代を超越して長年にわたって生態系と天然資源に悪影響を及ぼすと考えられたからです。また、私たちが共有するこの環境の保全活動の必要性を強調した「国連ミレニアム宣言」も改めて確認されました。
2002年コフィ・アナン国連事務総長は、劣化ウランも含まれることをプレス・リリースで訴えました。以下は2002年11月6日、初めての「戦争と武力紛争による環境の収奪を防ぐための国際デー」の行事にあたってのコフィ・アナン事務総長からのメッセージの一部です。
本日、国連総会で宣言された「戦争と武力紛争による環境の収奪を防ぐための国際デー」の初めての行事が執り行われる。
戦争は人々の苦しみをもたらすだけではない。戦争は環境をも破壊する。平和が回復された後も、長期にわたって、紛争による環境への悪影響が残っていることがしばしばある。
今ではいつも国連は、紛争が環境にどのような影響を及ぼしているかの評価をするようにと依頼される。そのような(調査)使節団は、多岐に渡る戦争の環境への影響を明らかにしてきた。それらには爆撃による石油や化学物質流出がもたらした汚染、軍事勢力による統制されない天然資源の略奪、地雷・不発弾・その他の戦争の残骸による土地や生活手段への危険性、多くの人々が移動することによる水・生物多様性・他の生態系の営みへの悪影響などが含まれる。
核・化学・生物兵器についての国際条約はあるものの、劣化ウラン兵器のような新たな技術が、環境への未知の脅威をもたらしている。戦争による環境への被害は、平和の回復と社会の再建への障害にもなっている。
アナン国連事務総長の警告にもかかわらず、年が明けた2003年3月、米・英軍は、再び劣化ウラン弾を使用しました。湾岸戦争の教訓はいったい何だったのでしょうか?
右の重油まみれの水鳥の写真をご記憶の方も多いと思います。湾岸戦争当時、この写真に世界中が大きな衝撃を受けました。
最初は、サダム・フセインが油井を破壊してわざと重油を垂れ流したことが原因であるとされ、大きな問題になりました。しかしその後、油井の被害はアメリカ軍の空爆で起きたものであることが判明しました。(後にアメリカ政府が広告会社を使って大規模な情報戦略を仕掛けていたことが判明し、「情報戦」ということが大きく取り沙汰されることになったのも湾岸戦争が初めてのことでした。)
重油まみれの水鳥をジャケットにしたペルシャ湾浄化支援チャリティCDが当時発売されました。CDの売り上げはEarth comunication
office (トムクルーズなど参加) へ寄付されたそうです。
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